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東京高等裁判所 昭和30年(う)2973号 判決

控訴人 被告人 韓順徳 外一名

弁護人 佐藤義彌 外一名

検察官 菊池健一郎

主文

本件各控訴はいずれもこれを棄却する。

理由

(一)  被告人韓順徳関係

一、佐藤弁護人の論旨第一点について

所論は、「原裁判所は弁護人が韓被告人のために申請した唯一人の証人文柳好を採用せず、その申請を却下したが、被告人のために有利な唯一人の証人申請を却下するのは刑事被告人の憲法上の保障にも反し、憲法第三七条に違反する。」というのである。よつて按ずるに、刑事裁判における事実の取調は、ひとり犯罪事実の存否に関する点のみに限らず、ひろく刑の量定に影響を及ぼすと認められる一切の事実についてもこれを行わなければならないのは明白であるから、それに必要な範囲においては必ず証拠調をする必要のあることは論をまたないところであるが、その反面、いやしくも裁判所が、既に法廷にあらわれた証拠により、叙上の事実について十分にその心証を形成することができると認める以上、さらに進んで検察官又は被告人側の申請にかかる証拠までを取調べる必要はないというべきである。換言すれば裁判所の行うべき証拠調の限度は、犯罪事実の存否ならびに刑の量定に必要と認められる範囲に及ぶことを要し、かつそれを以て十分であると解するのを相当とする。

これを本件の場合についてみると、記録を調査すると、原審第一回公判期日において、被告人韓順徳の弁護人は、情状に関する証人として文柳好の喚問を申請したが、原裁判所はこれを却下したこと、ならびに右証人は同被告人側から申請された唯一人の証人であつたことの認められるのはまことに所論のとおりであるが、同公判期日に検察官側から提出された各証拠によつて同被告人の刑事責任の存否及びその刑の量定に必要な諸般の情状は十分にこれを認めることができるから、原裁判所が右と同一の見解の下に、弁護人申請の証人文柳好喚問の必要なしとして却下したのは違法ではない。弁護人は、「刑事裁判において、被告人に有利な唯一人の証人の申請を却下するのは憲法第三七条に違反する。」と主張するけれども、憲法第三七条第一項及び第三項は右論旨には直接の関係がないばかりでなく、同条第二項は、裁判所が必要と認めて尋問を許した証人について規定したものであつて、裁判所は被告人側から申請された証人はすべてこれを取り調べなければならないという趣旨を定めたものではないことは既に最高裁判所判例(昭和二三年六月二三日大法廷判決。昭和二五年一二月二六日第三小法廷判決)の存するところであるところ、その理は、被告人側から申請された証人が唯一人である場合であつてもなんらその適用を異にするものではないと解するのを相当とするから、原裁判所が、前記のように、既に検察官提出にかかる証拠だけで十分にその心証を形成することができた以上、弁護人から申請された唯一人の証人文柳好の取調をなさずこれを却下しても刑事被告人の憲法上の権利の保障を侵害するものではなく、また憲法第三七条に違反するものでもないといわなければならない。従つて原判決には所論のような瑕疵はなく、本論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 花輪三次郎 判事 山本長次 判事 下関忠義)

弁護人佐藤義彌の控訴趣意

第一点原判決は憲法第三七条第一項、二項の解釈を誤つた違法があり破棄を免れない。

憲法第三七条によれば、刑事被告人は公平な裁判所の裁判をうける権利を有し、又公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有するとある。原審に於て、佐藤弁護人は証人文柳好を申請し、検察官は然るべくとの意見であつたが、原審裁判官は右申請を却下した。(十七丁)刑事裁判に付ては、必ずしも民事裁判の原則がそのまま妥当するものではないが、民事裁判に付ては、当事者に有利な唯一の証拠の申出があつた場合は、これを採用せねばならない旨の判例法が確立している。本件に於て、被告人に有利な唯一人の証人の申請につき、これを却下することは刑事被告人の右憲法上の権利の保障にも反し、その証人が情状の証人であつても刑事被告人を処罰する際は、その家庭の情況、監督の情況等を綜合して判断しなければならない刑事裁判の本質に反するものである。右違法は判決に影響を及ぼすこと明かであるから原判決は破棄を免れない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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